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2013年1月 3日 (木)

釣りに行けないときの 昔の釣り 話  その3

2013/1/3  ボラ 団子釣り

ここのところ下多賀て゜は強風が続いています。半端な風ではありません。近くにある竹やぶは半円を描いてしなり、風が山を下っていくゴォーッ、ヒューッというすごい音が絶え間なく聞こえてきます。
沖合いはうさぎの山、そして一部にはうさぎが集まり、白い煙のようなものが立ち上がっているところも見えます。
駐車場にブルーシートにくるんで置いてあるレボ13はブルーシートを剥がされ、車の近くまで動いていく始末・・・。
とっても出られた状態ではありません。そんなわけで「釣りに行けないときの 昔の釣り 話  その3」でも書きますか。

再び、小学生の頃の話です。

自分が生れた京都北部の田舎では、ほとんどの家がお米を作る農家でした。
田舎の良い所はすべてを共有するというか、何かいいものが出来たりすると、近所の人にもお裾分けをする習慣があることです。

柿がたくさん採れたからとか、スイカが山ほど採れたからとか、たけのこなど自分の家でしか採れないものは、無い家にあげるのです。

自分が毎年心待ちにしていたのは、近くのsさんという人が持って来る、寒バエ(普通ハヤ、オイカワのことですがここでは川の小魚全体をさしています。)の甘露煮でした。
この甘露煮、そんじょそこらの甘露煮とは違う、とってもおいしい甘露煮なんです。
普通、寒バエを煮付けたら、小骨がどうしても引っかかるものになります。しかしsさんのハエは大きいのが入っていなくて、約5cmの均一なハエばかりの甘露煮です。長い時間コトコト炊いたという甘露煮は、骨が抜いてあるかと思われるほどまったくそれが無く、甘すぎもせず、辛すぎもせず、寒バエの持つ川魚独特の臭みも全くありません。それどころか寒くなって脂肪を蓄えた寒バエの旨味がそのまま封じ込められ、煮崩れもしていません。

熱いご飯と一緒に食べると、何杯もおかわりしてしまうほど美味しいご馳走でした。

子供ながらに母の話などからわかったことは、sさんは投網のカンサツを持っているから、冷たい川に入って均一なハエを取ることが出きること、お腹を出して、串刺しにして、表面を軽く炙り、藁を束ねたものにその串を刺して干しておく、それを奥さんが時間をかけてコトコト煮込むことでした。
(寒バエのお腹の出し方って、包丁使わないのです。お腹をエラ側からそっとつかんで、肛門側へキュッとオスとお腹と浮き袋がピュッと出てきます。)
まだ鑑札の言葉を知らなかった頃なので、カンサツって理科の観察??って勘違いしていた頃でした。(笑)

そしてxさんは違うものを持ってきてくれます。(残念ながら名前を忘れてしまった。)
「こんばんわー」
「xじゃぁ、おられますかい?」
「ボラ釣ってきたんやけど、食べてぇな」
「まぁ、おっきいボラ、何処で釣ってきちゃったん?」
「由良川じゃぁ、ようけ釣れてのー、困っとるんじゃぁ、もろてくれへんこ?」
「まぁ、おっけにー、すまんなぁ、いつも、いつも・・・。」
こんな会話がxさんと母との間で取り交わされていたでしょうか、どんな魚なんだろと自分は奥から聞いていました。京都北部の訛りもかなり忘れています。(笑)

こんなこともあった時、たまたま兄が帰っていたのでしょう。xさんにどこでどうやって釣ったのか、帰るxさんを引き止めて聞いていたようです。

ボラは団子釣りという方法で釣るとのことでした。
さて、釣り支度です。まずは餌ですが一番大事なのが土なのです。

へっ?土って思うでしょうが、ボラは雑食性の魚で、藻類、有機物を泥と一緒に食べる習性があります。そこで土にサナギや米ぬかを混ぜて練ったものを団子状にして餌とするのです。当然、土は特別のものでなければなりません。それは色々なものを混ぜても固まる土、赤土なのです。元々、京都北部は赤土が多い地域なのですが、関東ローム層の赤土とは違います。関東のは見ようによってはこげ茶色っぽい色ですが、丹波のはもっと朱というか赤みがかった土なのです。鉄分が多く含まれているのだと思います。
この中で幾らか白っぽい赤土、粘土質が多い土がベスト。自分が住んでいた所では自宅から2km程離れた丸山の土が最高でした。

米ぬかを炒ります。農家なので米ぬかは山ほどあります。サナギは近所の駄菓子屋に釣り道具などと一緒に売っています。これを買ってきて細かく潰します。赤土も細かく砕いて、これらを混ぜて水を加えて練っていきます。米ぬかの炒った匂いとサナギの香り、こりゃあボラでなくても食いつくでしょう。固さはどうだったでしょう?耳たぶ位の固さだったでしょうか?

xさん、兄はバイクに乗り、自分は後席で出発です。(京都北部の訛りではバイクと言わずポンポンと言いました。)
西阪を過ぎ、国道178号線に入り、大江町を過ぎます。石浦より上流の辺りでしょうか、国道から外れて由良川へ向かう道へ入ります。
ここは由良川河口近くの汽水域、野小屋とは言えない、岸にちょうど桟橋の短いようなものが、板を打ち付けて作ってあります。ここにどっかと腰を降ろしての釣りです。前は由良川、左右は葦が生い茂っています。

Yura0100
由良川下流

Yura0200
この辺かな?

仕掛けですが、ぼやっと覚えている範囲では、大きな針が4~5本付いた仕掛けです。
適度に固くなった団子にこの針を四方から埋め込み、完成です。
竿はありません。手釣り糸(茶色の渋糸というものだと思います。)にこの団子仕掛けが付いていて、1.5m位の孟宗竹で作った大きなスプーンのようなものでエイヤとばかり投げるのです。

餌の付いた仕掛けを投げる前に、何個か団子を一ヶ所に集中させて投げ込みます。これで魚を寄せるのです。
投げ終わった後、渋糸を1m位の竹を板状にしたものに引っ掛けて、その板の先端には鈴を付けて完了。
ボラがかかるとチリンチリンと鈴が鳴るのです。

待ちの釣りなので、ボーッとしている時間が長くあるのですが、色々とおもしろい光景も見られ、飽きることがありません。

まずは川の上流は向かって右側なのに、左側から流れてきます。浮いているものも、全て下流から上流へ流れていくのです。兄に聞くと「満ち潮だからだよ。」実体験で初めて知った満ち潮でした。

そして魚も満ち潮とともに上流へ向かいます。ボラのジャンプにはビックリし、サヨリだったと思うのだけど、透き通った細い魚が目の前を通り過ぎるのは、川の魚しか知らない自分にとって興味深々といったところでした。

やがて、その時はやってきました。
「チリ、チリ、チリリン、チリリン。」
「おっ、かかっとるで。」
「おおっ、その引きはボラや、ボラやでぇ。」
大きな50cmはあろうかと思われる魚がバタンバタンと取り込まれました。
「あかん、メナダや。」
メナダはボラとほとんどそっくりの魚ですが、少し目が小さく、赤っぽい、胴体もボラが青っぽいのに比べ黄色っぽくなってます。初めて見た人は違いがわからないくらい似ています。この辺ではメナダは好まれず、ボラを好む傾向があります。脂ののりがイマイチだったかなと記憶しています。

それでもうれしい一匹です。そのうち待っていたボラも釣れ、最終的には4匹ずつ程釣っていたでしょうか。
自分は結局釣れなかったのを記憶しています。まぁ、子供だった自分は真面目に釣っていなかったところもあります。(笑)それでもいろんな魚を見ることができたことが印象に残っています。

こんなのんびりした釣りは、この後一度も経験していません。今でもやっている人はいるのかなぁ・・・。

ボラは綺麗な水のところだと刺身、洗いなどが美味しい。しかし、ものによっては臭みが強いものがあり、酢味噌などで食べますが、実家ではショウガ醤油で食べる食べ方をしていました。かなりいけますよ。
それ以外にも卵巣は塩漬けして乾燥すればカラスミという珍味に、胃はボラのへそと言って珍重されます。

はっきり記憶をしていないけど、ここに書いた釣りの季節は冬ではないかと思います。
寒ボラ と言って、ボラの旬は冬ですからね。
ただ、寒いという感覚が記憶に残っていないため、そのまま書いたのですが、天気のいい日だったのかもしれません。

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コメント

あけましておめでとうございます。日本昔釣り話…おもしろいです(^_^)v 愛知ですけど木曽三川が密集する地域ではそこらへんの用水路にふつーにボラがいて、鯉竿で浮きがついた吸い込み仕掛けで釣ってましたね。食べられるものではなく、地元のじーちゃんのゲームフィッシュってかんじでした。仕掛けの吸い込みは螺旋がついてないやつでした。ネリエはきめ細かい専用のがあった気がします。

Fishboneさん、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
Fishboneさんは愛知ですか、大きな川が集まってますね。いろんな魚種がいそうです。

自分のいた地域、おそらく関西もそうだと思うのですが、ボラは好まれる地域でした。関東ではそういう風習が無いようですね。
ただ水質が悪くなってくると臭くなるし、あまりいいものではないです。
田舎の川も変わっているかもしれませんね。

今日は手漕ぎボートが網代湾にかなり浮かんでいます。
自分は休みなのだけどガーデニング筋肉痛・・・。(笑)
明日以降かな??

おはようございます!のりべんです。

寒ボラ、美味しいみたいですね〜。是非とも食べてみたいと思うのですが、知る前までは良く釣れるザンネンな外道だったのに、知ってからはまったく掛からず…そんなモノですねf^_^;)

小田原では太刀魚釣りによく似た仕掛けでカラスミ目的でボラを釣るのは聞いたことがあります。しかし泥を混ぜて作るダンゴですか!面白いですね!掛かった時の「チリ、チリ、チリリン、チリリン。」トキメいちゃいますよね(^-^)

昨日福浦に行ってきましたがアマダイさんも釣れたものも外道が多かったデス。特にベラやサバ、ネンブツダイというラインアップ…1月だよね??と思ってしまいました(^_^;)

umeさん、いいお話ですね。
このまま荒天が続くとうれしいかも(おっと言い過ぎました(゚ー゚; )

オヤジの出身地がまさに由良側の河口近くの八戸地というところです。
京都府北部と言うよりも由良側河口弁ですかね。
その家で、まさにこんな言葉を交わしながら私もボラの洗いを食べたことがあります。

自分で捕った魚だから丹精込めて料理する、人に食べてもらって、
これまたうれしい。
食材が溢れた今では
迷惑じゃないかと要らぬ心配が先だってしまいます。

のりべんさん、こんばんわ
こちらでも、カラスミ目的で釣ることがあるんだ。
関東の人は釣らないのかと思ったけど、釣るんですね。

何かの話で聞いたけど、南伊豆にはボラの終結場所があって、ここに集まるボラは全く臭みの無い美味しいボラだとか・・・。
どんなところで、どんな味だか知りたいものです。(笑)

初釣り、まずまずなのかな?
ブログ楽しみにしています。

五目漁師さん、こんばんわ
八戸地というと八田の近くのようですね。
こちらでも同じような訛りなのかなぁ。

正式なのか知らないけど丹波弁と言うらしいです。
その場にいると自然と出てくるのだけど、こちらにいるとなかなか思い出せませんね。
「まぁ、おっきいボラ、何処で釣ってきちゃったん?」と書いていますが、今思い出すと「何処で釣ってきとっちゃったん?」かもしれません。
懐かしい言葉、「じるい」ってわかります? 雨が降ってぬかるんでいる状態などを言います。「いげちない」は昔、田舎でよく聞いた言葉ですが「切ない」かと思っていました。しかし、調べると人情味がないとか薄情とかの意味でした。そして違う意味で厚かましいと言う意味もあるようです。そしてそれは関西弁の「えげつない」とつながるらしいです。
そして更に「いげち」は「意気地」とつながるらしいです。現代の意味とはまったく違うのだけど、こんなところまでつながっていることが驚きでした。
さて次のはどれにしようかな?(笑)

umeさん、"じるい”わかりますよ。
気が付きませんでしたがこちらでは使わないですね。

舞鶴に"ちゃった祭り”というお祭りがあるらしいです。
ちゃったが舞鶴弁の代表なのでしょうが
関東でもハリスが切れちゃったっていいますよね。
だから舞鶴弁は関東の言葉に近い、なんちゃって
実はニュアンスが全然違いますね。

五目漁師さん、こんばんわ
方言も色々あって面白いですね。
こちらへ出てきた時、「裏」の使い方で注意されました。
「お前の裏」という使い方なんだけど、これって方言だったのがわかったのは東京来てからでした。(笑)
ふだんから使っているからおかしいと思わないですからね。
ちゃった祭りというのはどんなだろう?
見てみたいものです。

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