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2012年12月31日 (月)

釣りに行けないときの 昔の釣り 話

  2012/12/31   釣りの師匠って言ったら、自分の場合誰だろう?
独身寮時代、沖釣りを餌付けから全部教えてくれたmさん、彼もその1人だろうし、
会社の釣り部にいた、元漁師のs先輩やf先輩、沖釣りの細かなことを知っていて、釣るのも上手かった。
(航空機関連の仕事場なのに、なぜか元漁師の先輩がいたのです。)

でも、1人だけあげるとしたら、自分の場合は兄でしょうか。
自分が遅く生まれた子供だったこともあって、18も離れた兄でした。
ガンで他界して、もう4年になりますが、彼が教えてくれた釣りはいろんな種類があります。
そういえば自分はカヤックフィッシングをやっていますが、カヤックフィッシングと言う言葉すらなかった時代にシーカヤックで釣りをしていました。

そんな兄と一緒に行った、懐かしい釣りをちょっと思い出しながら書いてみたいと思います。

うなぎ 穴釣り

自分が小学低学年だったころ、兄は既に仕事をしていました。
その兄が田舎に帰ってきたとき、釣りに連れて行ってくれました。
この時教わったのがうなぎの穴釣りです。

家の前には幅20mにも満たないの川があり、ここが自分の遊び場でした。
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この川は本当に小さい時から遊び場でした。
農業用水を取り入れるための大人の肩位迄の堰があり、その下流は足首位の深さの流れになっています。小さいときの水遊びにはもってこいの場所で、春になると小さいハヤなどが上流へ向かって登ろうとします。堰があって登れないのだけど、堰から落ちてくる流れの裏に手のひらほどの奥行きで水の流れが止まっている部分があります。ここに登れない魚がギュウギュウになるくらいいるのです。網でガサガサ探っていくとかなりの小魚が獲れる所でした。
雨が降り、濁りが出ると魚の量が倍増するのを知ったのもこの頃です。

そうそう、この堰の下に冷たい湧水が出てくるところがありました。
ここへ遡上してきた鮎が集まるのです。
湧水の辺りを石で囲っておいて、1ヵ所だけ開けておきます。
小学高学年の人たちと土手の上から見ていて、鮎が何匹か入った所で駆け下りて石で蓋をするのです。
後は鮎の手掴みでした。
残念ながら低学年だった自分に鮎はまわってきませんでしたが・・・。(笑)

この川の堤防は花崗岩の石で護岸されています。
でも長い年月を経て一部崩れたり、流れに洗われ、石の無い部分が露出している所があるのです。
うなぎはこの様な穴をねぐらとしていて、兄によると5cmも満たない三角の穴(石組が菱形に置かれているので角の部分が欠けた状態)で出口が細かい砂になっている所にいる。泥になっている所はいないなどの説明をしてくれたことを思い出します。

餌はミミズ、田舎で獲れるミミズはシマミミズとテッポウミミズ(ドバミミズ、フトミミズ)がいますが、ここではテッポウミミズを使います。テッポウミミズには白い包帯をしたような部分があるのですが、ここに大きな針を刺します。
1m位の切った竹を割り棒状の物を作り、先端は針が外れないよう凹みをつけておきます。
ミミズを付けた針をこの凹み部分に引っ掛けて、穴の中へ送り込むのです。
送り込んだ時点でコツコツとかかってくることもあれば、棒を回収、暫くしてからかかることもあります。
かかった場合、一気に引き抜かないと、穴の中でうなぎが団子になってしまうので抜けなくなります。

こうして獲ったうなぎは小学低学年だった自分の腕と同じ太さ、長さは1mあったように思います。
逃げられないよう必死に掴んでバケツに放り込んだのだけど、この時腕についたヌメリは乾燥するとパリパリとひび割れするくらいでした。
料理はもちろん蒲焼、母が作ったタレと炭で焼くときの香ばしい香りはなんとも言えないものでした。もちろん食べた時の肉厚感、普通に街で食べるうな丼が薄っぺらに感じるのはこの経験からでしょうかね。

5cm位の魚しか捕まえられない小学生にとって、こんな大きなうなぎがいること自体衝撃的体験でした。

マリアナ諸島の海で生まれて、日本海まで来て、若狭湾、由良川と遡上し、その支流の川まで来た大うなぎ、今まで淡水魚だと思っていたけど、実際は海水魚なのかもしれません。

カヤック・フィッシングとは関係の無いテーマかもしれません。
でも感動とか面白みとか、やってみてわかる部分て共通なのかなと思います。
釣りに行けない時の小ネタですが、ポチポチ挿んでいこうかなと思ってます。
京都、北部の片田舎の話が主なので、関東の方は知らないところばかりかもしれません。
あしからず・・・。(笑)

今年もいろんな方にお世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。

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コメント

あけましておめでとうございます!
昨年は大変お世話になりました。
今年もよろしくお願いたします(^-^)

京都でもうなぎが採れるんですね!実は小田原でも
うなぎが採れるところがあるようですよ。

実際僕自身はやった事が無いのですが、父が小さい頃、
竹ざおに糸、ウナギバリというかなりシンプルなスタイルで
多い時は1日10本!採れたという話を聞いてます。

今でも採れるから行こう!と誘われているんですが・・・
夜釣りなのがネックで娘2人を含む家族持ちとなった
今、なかなか機会が出来ません・・・。

『普通に街で食べるうな丼が薄っぺらに感じる』
う~ん、こう感じてしまうほどの肉厚のウナギ、
是非食べてみたいです(^0^)/

今回のお話、ume さんの釣りの原風景ですね。
いやあ、面白かったです!
こうした『つかみ取り』とか、『その場にある物での釣り』
そんじょそこらで出来ないものばかりです!憧れを感じます…。
とても気持ちよく読ませていただきました。

まだまだお話続き、ありますか??是非、連載検討お願いします(^-^)/


のりべんさん、あけましておめでとうございます。
旧年中はお世話になりました。
本年もよろしくお願いします。
 
海底地形図シリーズが大まかな所で完成形になってしまったので、それに変わるシリーズにするつもりです。
自分の今までの経験だから大した話では無いですけどね。(笑)
でもひょっとしたら同じことをやっていた人がいるかもしれない、そんな人が見たら懐かしいかなっていう感じですかね。

追伸
のりべんさん、お父さんの誘い、できれば行ったほうがいいかも。(笑)
釣果はともかく、きっと楽しい時間になりますよ。

umeさん、いいお話ですね。
幼いころのというか、昔の田舎のいい風景を思い出します。

今のように整備された公園があったり、
外に出なくてもゲームで遊べたりではなかったですが、
近くには小川があり、裏山がありで、
いやいや書きながら、次々に情景を思い出してしまいます。

私も、うなぎの仕掛を小学校の隣の川に仕掛けに行きましたが
掛かってくるのはナマズばかり、
バケツに入れて自転車に乗って町まで売りに行きました。
売れなかったですが。

あ~、思い出してしまいます。

五目漁師さん、こんにちわ
いてて・・・。腰がめっちゃキツイす。(笑)
今日、強風の中、桜の木を掘り出して移植完了です。
たかだか5cm位の太さですが、なまった体にはキツイキツイ・・・。(笑)
後で聞いた話だけど、鮎ってうなぎの好物らしいです。
もっともうなぎは何でも食べますけどね。
鮎がいたからうなぎもいたのかなぁ。
この後、川は劇的に汚くなって、昔の面影は無くなりました。
最近になって下水道の完備などで川はマシにはなっているようです。(綾部の下水道は日本一と聞いたことがあります。
それは人が少なく、地域が広いため、負担額がらしいですけど・・・。)
一度悪くなった川には元のような魚はいないようです。
アカネコって知っています?
ナマズの小さいようなの、刺されると痛いらしい、ピンクっぽい色をしていました。こんなのいたけど、今はいないでしょう。
アカザが正式名称ですかね。
しかし、ここはもっとすごい物がいたのです。
それはそのうちに・・・。(笑)

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